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Muse補聴器で取り戻した人生

Posted by スターキージャパンマーケティング on 2018/05/28 17:00
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ヨセフ・セニカは1929年の春、スロベニアで生まれました。1956年に、彼はアメリカンドリームを求めて27歳の時に船で米国に渡りました。しかし遡ること10数年前、ナチスが彼の聞こえを永遠に変えてしまっていたのです。

 

ジョセフさん_1

手榴弾とヘアドライヤーに奪われたヨセフの聴力

ヨセフは運命の日の事をこう書いています:「ドイツ占領下のある日、ドイツ軍は私たちの町を攻撃し始めました。ドイツ軍は若い男性を集めて、塹壕を掘らせるために前線に送り込もうとしました。私は数人の若者と一緒に山に逃げ込み、農家を見つけて小さな部屋に身を隠しました。しかしドイツ軍兵士達は私達を見つけ出し、2発の手榴弾を部屋に投げ込んだのです。」

 

事件の後、ヨセフは手榴弾が彼の聴力を傷つけていたことを当初認識していなかったと言います。「山に隠れていた3日間、寒さと雨で私は酷く体調を崩しました。当時、私は手榴弾の爆発音が聴力にどのような影響を与えたのかを理解していませんでした。しかし、他の人からの苦情、つまり私は彼らが呼んでも返事をしないということを聴かされて初めて、あの事件の前にはこのような聴力の問題は無かったことを悟ったのです。

 

ヨセフは、長年にわたってヘアスタイリストとして働き、騒音に曝されたことが彼の進行性の難聴の原因だと考えています。ヘアドライヤー、人の声、そして電話が鳴っているという絶え間ない騒音です。「ヘアドライヤーが一番ひどい騒音を発生させました。」と彼は言います。「私は長い時間働いて、この一定の騒音に曝されましたが、今までその事に意識を向けたことはありませんでした。」

 

難聴が如何に人生に影響したかを悟った時

振り返ってみると、ヨセフは自分の難聴をなかなか認めませんでした。彼は、顧客の言う事が聞き取れないのを、当人がぼそぼそ話すせいにしたり、周囲の騒音のせいにしていました。しかし最後には、ヨセフは電話で話をするのが困難であることが原因だと言いました。そして親友のメアリーに助けを求め、自分の難聴を自覚するに至ったのです。

 

「ヨセフの難聴は人とのコミュニケーションが必要な場面で、彼の人生のあらゆる部分に影響を及ぼしました。」とメアリーは言います。「電話であっても対面であっても、ヨセフは人とのコミュニケーションで私の助けが必要でした。彼は引き籠りがちになり、抑うつ状態になりました。」

 

「難聴の為に私は恐怖を感じ、常に不安で、そして何よりも悲しかった。寂しく、孤立した感じがしました。」とヨセフは言います。「私は人生で孤独を感じました。当時、私は補聴器があれば聞こえが良くなるかどうかは知りませんでした。」

 

彼が家に籠りがちになり、人と話すストレスや気まずい状況を避けている原因の殆どがコミュニケーションの不安でした。彼は、以前は好きだったテレビや講演会を避けるようになり、コミュニケーションを伴わない娯楽を選ぶようになりました。「以前はほぼ毎日チェスをしていましたが、他のプレイヤーと効果的にコミュニケーション出来ないことがわかって、止めてしまいました。」とヨセフは言います。「新聞を読む方が簡単でした。以前は好きだった講演会やプレゼンテーションを聴きに行くのも止めました。早く行って最前列に座っても、講演者が言っていることが分からなかったからです。」

 

さらに、セニカはヨーロッパとアメリカにいる彼の家族や友人を避け始めました。電話で話すときに良く聞き取れなかったので、彼はすぐに彼が一番愛する人たちと連絡を取らなくなり、孤独で、落ち込んで行きました。

 

メアリーはまた、社会的孤立と抑うつの他に、ヨセフの最大の闘いの一つが身の安全の確保だという事に気付きました。彼女は、彼が自分の電話の音や、ドアベル、ドアノッカーや火災報知器(すぐ隣にいなければ)を聞くことができないことに気付き、コミュニケーションの障害が誤解につながることに気付きました。「ヨセフは、後ろから来る車に気付かず、車にはねられたことがありました。」と、メアリーは言います。ヨセフが年を取るにつれて、以前のように一人で自立した生活を送ることが非常に難しくなりました。」

 

より良いきこえがセニカの人生を変えた 

メアリーは2017年5月に「より良い聞こえの旅路コンテスト」(Better Hearing Journey Contest)の事を知りましたが、その時既に、スターキー・ヒアリング・テクノロジーが如何にしてシャークタンクのデイモンド・ジョンの人生を変えたかについて読んで知っていました。「コンテストの事を読んだ時期には、ヨセフの生活は難聴の為に非常に困難なところまで来ていました。」メアリーは、ヨセフが人が話す事を理解できない為に毎日の仕事を終わらせることが出来ないことに気付きました。ヨセフは人に言葉を繰り返してもらうのを頼むのを嫌がり、益々引き籠りがちで、気分が落ち込んで行きました。「ヨセフの難聴は人とのコミュニケーションが必要な場面で、彼の人生のあらゆる部分に影響しました。私たちは二人とも、誰かの助けと補聴器を手に入れるべき時が来たことを悟りました。」

 

ヨセフの許可を得て、メアリーは「より良い聞こえの旅路コンテスト」に応募し、彼の歴史、難聴との闘い、そして彼が良い聞こえを取り戻すことへの希望を披露しました。

 

「ヨセフは自分がこの世界に参加していない傍観者になったと感じており、このことを大変悲しみ、ずっと絶望していました。彼に必要なのは今よりも良く聞こえるようになること、それだけです。それだけで彼の世界は変わるのです。」

ヨセフの代理で応募したメアリーのエントリーは当選し、20177月にヨセフは新しいスターキーのMuse補聴器をニューヨーク市聴覚協会PLLCからプレゼントされました。

 

Muse補聴器のある生活は今までないくらい素晴らしい

ジョセフさん_2

 

「私は、私の新しいスターキーの補聴器が大好きで、本当に愛している。」と、ヨセフは2017年8月に様子を聞かれた時に答えました。「聴力が正常に戻ったように感じます。私は誰の助けも借りずに独立してやりたいことをやり遂げることができます。スターキー補聴器のお陰で私は自信と安心感を取り戻しました。鳥の声のように、忘れかけていた音が聞こえるようになりました。

 

新しい補聴器を受け取った後、ヨセフはすぐに地元のシニアセンターに入会し、ボランティアを申し出ました。彼はすでに、その地域に住む2人と新しい友人になり、再びチェスやテレビを楽しみ、今後の講演やプレゼンテーションに出席することを楽しみにしていると話しました。さらに、ヨセフは彼の友人関係を再開し、昔からの友人との会話を楽しむようになりました。

 

しかし、ヨセフが新しい補聴器を得てから行っている事の中でも、一番好きなのは歩いて新しい場所を探索することです。「かつては難聴の為に、一人になる場所を避けました。自分の後ろに誰かがいても分かりませんでしたから。」ハドソン川沿いを歩きながらヨセフは言います。ヨセフはまた、外を探検する自信を取り戻したので、あまり外に出られない高齢者のために犬の散歩をボランティアで引き受けたいとも話しました。

 

「ヨセフの人生が彼に戻ったことに対する私の感謝は言葉では言い表せません。」とメアリーは言います。「ヨセフは家族の大切な友人であり、私の年老いた父親、母親、ヨークシャーのテリアのハッピーが病気になったとき、ヨセフは最後の看取りの時まで私たちと一緒にいてくれました。その頃は私の人生で一番ストレスに苦しんだ、心配で胸が張り裂けそうになる日々でしたが、ヨセフの御蔭で本当に心が救われました。ヨセフのために補聴器を手に入れて、それが彼の人生にもたらしたものを見ることが出来て、これは私が今までに彼に贈ることが出来た中で最高の贈り物だったと感じます。」とメアリーは話しました。

 

Topics: 補聴器ユーザー, 体験談