最新のきこえ(聴覚)に関する事実:視力の低下が、新たに「修正可能な認知症のリスク因子(予防できる可能性のあるリスク)」のひとつとして加えられました。これは、英医学誌『ランセット』の専門家委員会による「ランセット認知症予防・介入・ケアに関する国際委員会(Lancet Commission on Dementia Prevention, Intervention and Care)」の最新報告(2024年度版)によるものです。
医学誌『ランセット』の報告では、「未治療の視力低下が認知症につながるリスク要因のひとつであり、そして視力を適切にケアすることでそのリスクを軽減できる可能性を支持する証拠が増えている」と述べられています。
なお、2020年のランセット委員会の報告では、聴力低下が最も重要な修正可能なリスク因子としてとして位置づけられていました。
なお、最新の報告書では次のようにも述べられています:「聴力の低下が認知機能の低下リスクを高めるという証拠は、前回の委員会報告時と比べて、さらに確かなものとなりつつある。とくに、複数の認知症リスク因子を抱える難聴の方においては、補聴器の装用がそのリスクを軽減する一助となる可能性があるとされている。」
なぜ視力の低下が新たに認知機能低下のリスク要因として挙げられたのでしょうか?
そしてこの「見る力」の低下は、すでに知られているリスク因子である「聞く力の低下」とどのように関係しているのでしょうか?一緒に見ていきましょう。
視力の低下をそのままにしておくと、将来の脳の健康にも影響を及ぼす可能性があることが分かってきました
2024年の『ランセット』報告書によると、視力の低下が認知機能の低下につながる「修正可能なリスク因子」のひとつであることを示す、新たな有力な証拠が数多く明らかになってきました。その中には、以下のような内容が含まれます。
・14件のコホート研究※を分析した結果、委員会は次のような重要な知見を報告しています:視力の低下があるにもかかわらず適切な対応をしていない成人は、認知症につながるリスクが47%高くなることが明らかになりました。
※コホート研究とは、特定の人々を長期間にわたって追跡し、特定の要因(たとえば視力の状態)と病気の発症(たとえば認知症)との関係を調べる研究方法です。
・最近の研究によって、白内障(目の水晶体が濁ることで視界がぼやける状態)や糖尿病による網膜の損傷(糖尿病網膜症)が認知機能の低下と関連している可能性があることが示されています。これらの視覚の変化が認知機能の低下にどのように影響すのかについては、まだ研究が進められている段階ですが、視覚と脳の健康が密接に関係していることが少しずつ明らかになってきています。
・米国国立老化研究所(NIA)が約3,000人の参加者を対象に、1994年から2018年まで行った大規模研究では、白内障手術を受けた高齢の参加者は、手術を受けなかった参加者に比べて認知症の発症リスクが有意に低下したという報告があります。
・また、世界保健機関(WHO)も、糖尿病による網膜への影響が視覚障害の一因であり、生活の質(QOL)に大きく関わると指摘しています。
ランセット委員会は、「視覚のケアは、認知症予防につながる明確な機会である」と報告書内で述べています。

視力と聴力の低下には、認知機能の低下に関する共通のリスク因子がある
興味深いことに、未対処の視力の低下と聴力低下は、認知機能の低下に関していくつかの共通するリスク因子を持つことが報告されています。その一例が、脳の構造的変化です。
視力の低下と脳の構造変化の関係
- 視力の低下をそのままにしておくと、脳の構造に変化が生じる可能性があることが指摘されています。目の網膜は、中枢神経の一部であり、目に入った光を神経信号に変換して脳に送ることで「見る」という感覚が成り立っています。
- 網膜と脳のつながりは非常に密接で、ほぼ直接的な神経経路によって情報がやり取りされています。そのため、網膜で起きた変化が視覚の低下を引き起こし、それが脳の構造や機能、さらには認知機能の低下に影響を与える可能性があると考えられています。
- 例えば米国カルフォルニア州にあるシーダーズ・シナイ・メディカルセンター(Cedars-Sinai Medical Center)の研究者によって行われた最近の研究では、網膜の変化が軽度認知障害やアルツハイマー病に関連する脳の変化に関連する脳の変化と相関していることが明らかになりました。この研究に関する論文の著者であり研究員のYosef Koronyo氏(理学修士)は、次のように述べています。「網膜の変化は、記憶、空間認識、時間の知覚に関わる脳の領域である内嗅皮質や側頭葉皮質の変化と相関していました。」
加齢による脳の変化と聴力低下の関係
- 年齢とともに脳の一部が自然に縮小していくことは知られています。しかし米国ジョンズ・ホプキンス大学の研究によると、聴力の低下があり対処を行わない場合、音や言葉を処理する脳の領域(側頭葉)への刺激が少なくなり、こうした脳の変化が進みやすくなる可能性があることが示されています。このような変化は、思考力や記憶力などに影響を及ぼす可能性があるとも言われています。
感覚の低下が脳に負担をかける「認知負荷」とは?
視力や聴力の低下に対処せず放置すると、「認知的負荷」、すなわち脳に過度の負担がかかる状態になる可能性があることが指摘されています。
これは、感覚の低下によって日常の動作や人とのやり取りが難しくなり、脳が「見る」「聞く」といった基本的な情報処理に、より多くのエネルギーを使わざるを得なくなることで起こります。
その結果、思考や記憶といった他の重要な脳の働きに使える脳の資源(脳のリソース)が減ってしまう可能性があるのです。
社会的なつながりの減少と社会的孤立のリスク
視力や聴力の低下そそのままにしておくことで、外出や人との交流が難しくなると、次第に人とのかかわりを避けるようになり、孤立や孤独感を感じやすくなることがあります。このような状況は、生活の質の低下につながるだけでなく、認知機能の低下につながることも指摘されています。
専門家のサポートで耳と目の健康を守りましょう
視力が落ちたと感じたとき、多くの方が眼科を受診されるように、きこえに不安を感じたときも、まずは耳鼻科の受診をお勧めします。そこで補聴器について勧められた場合は、無理のない範囲で補聴器を試してみるのも一つの方法です。ここに郵便番号を入力するだけで、補聴器のご紹介や試聴可能なお近くの補聴器専門店をお調べいただけます。(補聴器の試聴には、一部費用がかかる場合もあります。)補聴器がどのように役立つのか、ご自身の耳で確かめてみませんか?
すぐに耳鼻科の受診が難しい場合は、オンラインで5分で終わるきこえのチェックをお試しいただくのもお勧めです。
またご自身の聞こえについて相談できる方が分からない場合は、日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会が掲載している全国の補聴器相談医リストを確認してみてください。
本ブログ記事はアメリカ本社所属のオージオロジスト(聴覚ケア専門家)が執筆した記事を日本市場向けにアレンジしたものです。